今日のお題は「傍観」です 今年のカレンダーも残り少なくなりました。 その、カレンダーに 「子の苦労 傍観してこそ子は伸びる」 とありました。 「傍観」とは 「何も手を出さずに見ていること」 ついでに、 「傍」とは 「何か中心になる物事のそば。わき」 「傍聴」とは 「会議・公判などの経過を一定の席で聞くこと ただし、意見を述べることは許されない」 「傍証」とは 「直接の証拠ではないが、
それが有れば証明を強化するのに役立つ幾つかの資料」 「傍若無人」とは 長女が来年 25才になります。 大学4年生の次女が おかげさまで、就職がきまり、ほっとしているところでございます。 3女の大学2年生も、アルバイトしながら、まあ、頑張っている様子です。 しかし、いくつになっても私の気持ちの中では、 保育園に通っていたときの「むすめ」と同じです。 主人からよく「甘い」と言われます。 たしかに、私自身「甘い」と思います。 「なにも手を出さずに見ているだけ」なんて、難しいです。 人生、苦労はつきもの、2倍は生きてきた先輩として、 たっぷりの愛情をもってアドバイスしたいです。 |
今日のお題は「浪曲」です。 11月13日 今日の朝刊の広告ページに「浪曲名人全集」がありました。 父が明治生まれ、また、私の小学生時代はテレビはなく、もっぱら、 ラシ゜オの時代でした。 その、ラジオから、寝る前に聞くのが、「浪曲」でした。 この、広告欄に20人の「浪曲師」の名前がのっていますが、よく知っています。 特に、「広沢虎造」さんは、父が大好きでした。 【浪曲】 ろうきょく(ラウキョク) 「なにわぶし」の意の漢語的表現。
【浪花節】 なにわぶし(ナニハブシ) 〔「なにわ」は「難波」とも書き、大阪付近の古称〕
三味線つきで語る通俗的な語りもの 用例・作例 ―的な〔=義理人情を中心に考える、通俗的で古風な〕言動
【通俗的】 もって回った所が無く、受ける側にさほど教養や知識を期待しない様子。 俗受けのする様子。 浪曲の題名に 「赤城の子守歌」「勧進帳」「次郎長」と数々ありますが、 その一つの「南部坂雪の別れ」 大石内蔵助が浅野内匠頭の奥方にお別れを言いに行く場面ですが、 また、「まぶたの母」など、子供の私でしたが、時々、父の説明入りで、 それはもう、涙なくしては聞いていられないほどでした。 確か、三味線も楽譜があるわけでなく、 浪曲師に合わせて弾いていると聞いたことがあります。 今、テレビでも「浪曲」の番組も少なく、あの、ひとりで何役もこなし、 張りのある節、かたりは昔の話になりそうですね。 |
今日のお題は「欣喜雀躍」です。 先日の新聞「声」に84歳の方の投稿の中にありました。 54歳で、最初の子をもうけられ、うれしくてかわいくて、 そして、今月お孫さんが誕生され その時「欣喜雀躍」だったとありました。 「欣喜雀躍」(きんきじゃくやく) 意味は小躍りして喜ぶこと 「欣喜」は「たいそうよろこぶこと」 「雀躍」は「雀のようにぴょんぴょん跳ね回ること」 とありました。 「歓喜雀躍」とも「驚喜雀躍」とも言う。とありました。 私の亡くなった父もこのお方と同じような年齢でした。 とても可愛がってくれました。 残念ながら「孫」を抱かせてあげられませんでしたが、 このお方の「欣喜雀躍」の姿が目に浮かんできます。 そういえば私自身、最近は「愚痴」ばかりの生活で、「欣喜雀躍」の気持ちになるような出来事がないな、と考えています。 長女も24歳、そろそろ、と、楽しみにしていましょうかね。 |